ICTで新たな農業の
課題を解決する
〜『Z-GIS』を通じた、
デジタルイノベーションへの取り組み〜

佐藤 真由美

Mayumi Sato

1995年入会
農学部卒

本所
耕種総合対策部

アグリ情報室


本プロジェクトにおいて、営農管理システム『Z-GIS』の開発・普及を担当。開発工程では、ベンダーとシステム機能の協議を行い、完成したシステムが正しく動作するかの検証を実施。『Z-GIS』リリース後は広報活動のほか、操作方法や機能の理解を促すための推進資料や操作手順書を作成し、研修会では講師を務めている。また、次のシステム更新に向けた現場でのヒアリングを重ね、機能拡張のための要件定義にも取り組んでいる。

山下 小百合

Sayuri Yamashita

2010年入会
生物生産学部卒

広島県本部

園芸・資材部

肥料農薬課

営農支援室


生産者の生産技術向上や所得増大を図る部署に所属し、農業ICT分野を主に担当。『Z-GIS』をはじめとした農業ICTツールの提案を、農協および生産者に対して行っている。また、将来的なAI農業の実現を目指した新たなシステムの開発に向け、行政、研究機関、情報システム企業などとコンソーシアムを構成し、国が募集する事業への応募にも着手。ICTを活用できる生産者が増えることを目指した取り組みを進めている。

進む営農の法人化、大規模化に伴い、圃場管理も煩雑化。

農林水産省などのデータによると、農業就業人口における平均年齢は2017年に66.7歳となり、引き続き高齢化が進行していくことが予測されている。さらに後継者不足がそれに追い打ちをかけ、全国で耕作放棄地が急増。2015年の耕作放棄地の総計は42.3万ha(耕作面積の総計は449.6万ha)と、30年前と比べ3.1倍も増加している。

実はこうした事情を背景に、日本の営農にも変化が起き始めている。地域の担い手とされる人たちに農地が集積されるようになり、近年は営農の法人化、大規模化が急速に進んでいるのだ。2015年における法人経営体数は1万8857にのぼり、10年前の2.2倍。農産物販売金額全体に占める法人経営体のシェアは15%から27%へと増加し、農業生産における存在感を高めているのである。

こうした法人経営体の台頭は、今後の日本の農業を考えたときの、ひとつの明るい兆しでもある。現に2016年より、49歳以下の新規就農者数が3年連続で2万人を突破した理由のひとつには、法人経営体の新規雇用が挙げられるからだ。
とはいえ、農地や人が拡充したからといって、すぐに経営の安定、拡大へとつながらないところに農業の難しさがあると、佐藤は指摘する。

「大規模化した形態というのは、圃場の管理を複雑にします。農地が一か所に集約されているならまだしも、高齢の生産者から委託を受ける形で農地が集積されている実情もあり、飛び地となっているケースも少なくありません。農業というのは標高や日当たり、土壌の性質といった各圃場の自然環境、言い換えるなら土地の個性に応じた作業が必要で、規模が大きい経営体であればあるほど、『いつ、どこで、誰が、どんな作業をしたか』という情報管理、情報共有が極めて重要となります。ところが、現状においては圃場管理の煩雑化に対応しきれておらず、農地が拡大するほどに非効率を生み出し、それがコストの増加へとつながっているケースも少なくないのです」

そこでJA全農が開発したのが、営農管理システム『Z-GIS』だ。

『Z-GIS』は開発よりも、その後の導入、運用こそが大事。

2018年4月にリリースされた『Z-GIS』は、圃場情報をインターネットの電子地図と関連づけることで、効率的な営農管理を実現するシステムとなっている。その特徴について佐藤は次のように語る。

「エクセル(Excel)に入力した圃場ごとの作付計画や作業内容を、各圃場の座標データとリンクさせているので、地図上にわかりやすく『見える化』します。地図は詳細な航空写真でも閲覧できます。作付けした作物名、作業の進捗状況などに応じた色分け分類もできるので、現状を瞬時に把握しやすくなっています」

しかも、各種データはクラウド上に保管されるため、作業者間、受委託者間で情報共有できるほか、スマートフォンやタブレットがあれば、現場となる各圃場での確認、入力も可能だ。ちなみに佐藤によれば、『Z-GIS』は至ってシンプルな構造となっていることから、開発についてはとくにトラブルもなくスムーズに進んだとのこと。むしろ本プロジェクトは、システムの開発よりも導入と運用の方がはるかに重要と、佐藤は指摘する。そして山下も、次のように言葉をつなぐのだ。

「すでに農業の分野においても、各ベンダーがこぞってさまざまなシステムを開発し、先進的な経営体への導入も進んでいます。この点で、JA全農の取り組みは遅きに失したとも言えるかもしれません。それでもなお、私たちが本プロジェクトに力を注ぐのは、生産者のICTリテラシーにはばらつきがあるからなのです」

先進的な経営体は多くの場合、生産者の年齢も若く、ICTに親しんできた世代が中心。しかし生産者の多くは高齢だ。そうした人たちにとって市販のシステムはオーバースペックであり、費用対効果の観点でいえば費用が優る。実は佐藤たちが開発段階においてシンプルな構造にこだわった背景には、こうした事情もある。だから山下も率直だ。

「私たちは、各ベンダーが開発したシステムの方が使い勝手がいいと生産者がいうのであれば、別にそれを使用してもらって構わないと考えています。でも、興味はあるけれども使いこなせるかわからないし、費用の高さが気になるというのであれば、ぜひ『Z-GIS』を活用していただきたいと考えています」

だから自分たちは、高齢の生産者への普及活動にはとくに力を入れていきたいと思うし、「その先にはもっと大きな狙いもある」と山下は明かすのだ。

データを蓄積し、ベテランたちの「経験と勘」を見える化。

農産物は1年に1度しか実を付けない。だから生産者たちは口々に話す。「たとえ10年やっても、経験値はわずか10回にすぎない」と。農業がときに「経験と勘がものをいう匠の世界」と言われるゆえんだ。そして日本の農産物の品質が高いのも、何を隠そう高齢の生産者、多くのベテランたちの「経験と勘」が活かされているからに他ならない。

しかし、そのベテランたちが今、高齢化と後継者不足を背景に、その匠の技を継承することなく次々と第一線から身を引いている。これは単に日本の農業の「量」の減少を意味するだけでなく、もっと大事な、言ってみれば農耕民族としての歴史が磨いてきた「質」の低下を招きかねない一大窮地なのである。佐藤は次のように話す。

「もし、『Z-GIS』を高齢のベテラン生産者たちにも活用してもらえれば、その知見がクラウドに蓄積されていきます。もちろん、これは個人情報ですから誰もがアクセスできるものではありませんが、そのデータを次の担い手が継承する、あるいは私たちJA全農と各JAがご本人の承諾を得たうえで責任をもって管理していけば、日本の農業の品質を支える貴重な知見、財産として後世に残していけます。新規就農者にとっては何よりの教科書となるはずですし、蓄積されたデータをさまざまな角度から解析していけば、ベテラン生産者たちも自覚せずに実施していた、これまで顕在化することのなかったコツ、勘所みたいなものもわかるようになるかもしれないのです」

今年の出来の良し悪しを、過去のデータと照らし合わせていけば、来年何をやるべきかが見えてくる。このサイクルを10年、20年、30年と回していけば、日本の農業は息を吹き返すだけでなく、世界に冠たる農業大国にだってなれる。

現在、山下たち県本部の担当者が、各県域で積極的に展示会を開いてデモを行い、各JA担当者と足を棒にしてでも生産者を個別に訪問するのも、日本の農業の現状に対する危機感だけでなく、未来に続く光明をはっきりと見て取っているからだ。

一方、本所の佐藤も、要所要所で山下たち県本部の担当者たちと合流して現場を歩くのは、生産者の生の声を反映させることで『Z-GIS』の運用をさらにブラッシュアップさせ、永続的に使われるツールにしたいと考えるからだ。そして、日本の農業の過去と未来をつなぎ、顕在化したエッセンスを水平展開することによって、日本の農業の厳しい現状を打開するだけでなく、底上げへとつなげていきたいと願っているからである。

農業ICTを活用すれば、農業に目を向ける人も増えていく。

『Z-GIS』を使い始めた生産者たちの評判は悪くないと、山下はいう。一方で、さまざまなリクエストも寄せられているとのこと。とくに多いのが気象情報との連携だと明かす。

「なぜなら、気象情報というのは農作業の指標となるからなのです」

たとえば、そのひとつが「積算温度」だ。基準温度に対して日平均温度の差を一定期間にわたって合計することによって、生産者たちは収穫や出荷日などの予測を立てているのだと山下はいう。そこで開発を担う佐藤も、現状の圃場情報と位置情報に、さらに気象情報を加えるべく、次のシステム更新に向けた要件定義を進めている。たとえば地図のある地点をクリックすれば、そこに積算温度など、農作業の指標となるような気象データを示せるようにするといった具合だ。そしてゆくゆくは気象情報だけでなく、階層的に各種情報を積み上げ、利用者の求めに応じて提供できるようにしていきたいと佐藤は話す。

「ドローンを使用して収集した各圃場の生育データなどを提供したり、土壌分析データを踏まえた適正施肥のアドバイスをしたり、『Z-GIS』にインプットされたデータを検証、解析し、生産者に有用な情報をアウトプットできるようにしたいと考えています」

さらにJA全農では、営農支援サイト『アピネス/アグリインフォ』を運用しているが、ここで提供される農薬検索、病害虫雑草図鑑、市況情報といった多様なサービスにも容易にアクセスできるようにしていきたいと、佐藤は今後の取り組みについて明かすのだ。

各JAと連携しながら、最前線で営農支援に取り組む山下は、次のように話す。

「農業というのは自然相手だけに、熟練の生産者たちでもコントロールできないことも多々あります。それでも『Z-GIS』を通じて蓄積されたデータをさまざまな見地から活用することによって、安定した収量確保を実現し、経営の安定化へとつなげていくことができれば、農業に目を向ける人も増えてくると思うのです。だから、現場で気づいたことはどんどん佐藤さんへと情報を上げていきたいですし、私自身が農業ICTのコーディネーターになるくらいのつもりで、生産者への普及活動に力を注いでいきたいと考えています」

この言葉を受け、佐藤も次のように語る。

「山下さんたち県本部の人たちと連携し、農業を楽に楽しくし、産地を元気づけられるようなICT活用術を、私はこれからもどんどん考えていきたいと思っています」